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2015年11月

2015年11月 7日 (土)

『逝きし世の面影』

近代化によって滅んだ「文明」の姿を、異邦人の目を通じて探った名著。
ただ、「心性」と「特性」を切り分ける手法は、著者が狙う「近代の相対化」に力をもつだろうか――。

〇「錯覚ですら何かについての錯覚である」

Yukisiyonoomokage 著者の渡辺京二さんは書いている、「十八世紀初頭から十九世紀にかけて存続したわれわれの祖先の生活は、たしかに文明の名に値した」と。タイトルの「逝きし世」とは、その時代の文明を指す。その面影を、当時日本にやってきた異邦人(西欧人)の目に映った内容から描く。それが著者のとった手法だ。
 もちろん渡辺さんは、ザイードのオリエンタリズム(西欧的な基準からオリエントをとらえて評価すること)への批判を心得ているし、むしろ、いわゆる進歩主義者が西欧人の日本賛美を否定・無視する一方、日本人批判だけを引用して、近代的進歩主義を守ろうとすることに対して厳しい目を向けている。
 その上でこう考えた、異邦人はオリエンタリズムの眼鏡をかけていたかもしれないが、それでも彼らが見たことには根拠があるはずだ、と。仮にそれが錯覚だとしても「錯覚ですら何かについての錯覚である」として、たくさんの外国人訪日記を渉猟して、彼らが驚嘆した日本人の姿と生活を拾いだしている。
 自分のことは自分でみえにくい。その土地のよさはそこに住む人にはみえにくい。だから、異邦人が驚きをもって見いだした美点や欠点に耳傾けるのは必要なことだ、たとえ彼らの「錯覚」だったとしても。外国人訪日記からとりあげられた美点や特徴と、それを文明としてみる渡辺さんのまなざしには信頼を寄せることができるし、さまざまに教えられる。
 たとえば、日本人の「古いほほえみ」、貧しいはずなのに「民衆の生活のゆたかさ」、「日本人の清潔」、戸締まりをしない夜の町屋、働くときは必ず歌を口ずさむ労働者、満足感と幸福感を顔に浮かべる大衆、「アングロサクソン人よりも根底においては民主的」とみえる体制、東洋的デズポティズムとは遠い政治体制、「性を精神的な憧れや愛に昇華させる志向」の欠落、「未婚の娘たちの独特な魅力」、どんな他国よりも「自分の子どもに喜びをおぼえる人々」、「自然と親和する暮らしぶり」、西欧とちがい生まれつき美的感覚をもつ農民、「馬を人間並に扱う」習慣……。
 もちろん、「日本人の嘘」をはじめ、どうしようもない欠点にも触れてはいるが、異邦人にの目に日本が「楽園」と映ったたくさんのフレーズを、渡辺さんは次々に紹介している。

 では、渡辺さんはいったいなぜそんな作業を長年行ってきたのか。
 「私の関心は日本論や日本人論にはない。ましてや日本人のアイデンティティなどに、私は興味がない」という。「私の意図するのは古きよき日本の愛惜でもなければ、それへの追慕でもない」。「私の関心は近代が滅ぼしたある文明の様態にあり、その個性にある」と強調する。「私の意図はただ、ひとつの滅んだ文明の諸相を追体験することにある」。
 彼が追求したかったのは、異邦人たちが「夢のように美しい国」と評したかつての日本を解体させた「近代」の意味を問うことにあった。
 このことについて、後年書いている、「現代を相対化するためのひとつの参照枠を提出したかった」、「古き日本とはその参照枠のひとつにすぎなかった」(平凡社ライブラリー版「あとがき」)と。あるいは、こう書いている、「私は、近代・現代と比較して江戸時代の方が良かった、と書いたつもりは毛頭ありません。新しい文明・文化が興るとき、それは必ず古きよきものを棄ててゆくという時事を、当時日本に居た外国人の眼を通して描いたにすぎません」(『無名の人生』2014年)。「夢のように美しい国」の文明を放逐したのは「近代」である。「近代」、そしてその果てとしてある「現代」を相対化してみたかった。それが『逝きし世の面影』を執筆した背景に流れていた思いとなる。

〇「文化と文明」「特性と心性」の峻別

 近現代を相対化してみたい――それは私自身迫られた切実な課題でもある。だから、『逝きし世の面影』が果たした役割は十分に評価したい。これまで人々には見えにくかった江戸期の人たちと社会の姿を異邦人の目を通じて、たとえ「錯覚」であったとしても明らかにしたのだから。
 そのうえで、二、三の点について論じてみたい。
 まず、渡辺さんは「文明」と「文化」を峻別する。
 文明とは「歴史的個性としての生活総体のありよう」をいう。「ある特定のコスモロジーと価値観によって支えられ、独自の社会構造と習慣と生活様式を具現化し、それらのありかたが自然や生きものとの関係にも及ぶような、そして食器から装身具・玩具にいたる特有の器具類に反映されるような、そういう生活総体」が文明である。あるいは、「混沌たる世界にひとつの意味ある枠組を与える作用」、これを文明と呼んでいる。
 そして、江戸期に培われたその文明が滅んでしまった。
 これにたいして、「文化」は滅びはしない。たとえば茶の湯や生け花は残されているし、お稲荷さんは高層ビルの上に残されているが、それらは「寄せ木細工」の一部分として残存しているにすぎない。文化とは形式として残されうるものかもしれないが、文明とは生活総体、そして世界観総体と一体化したものだということになる。だから、「文化は生きるが、文明は死ぬ」。
 そしてこの区分けに、彼は「民族の心性」と「民族の特性」を重ねている。つまり、民族の心性とは文明が、民族の特性とは文化がつなげられる。
 だから、「文化は滅びないし、ある民族の特性も滅びはしない」。滅びるのは「文明」であり、「民族の心性」である。Kouyoutosanmon

 渡辺さんは「文化」と「文明」を峻別したように、「民族の特性」と「民族の心性」をはっきり分ける。日本の「国民の性格」は時を経ても少しも変わらない、とみるチェンバレンを承けて、渡辺さんはチェンバレンが挙げた「特性」の例を列記している。「知的訓練を従順に受けいれる習性や、国家と君主に対する忠誠心や、付和雷同を常とする集団行動癖や、さらには『外国を模範として真似するという国民性の根深い傾向』」などである。一六世紀末あたりから幕末までに変わらないこうした特性を前にして、渡辺さんは「ひとつの国民的特性なるものがどんなに変わりにくく長い持続力をもつか、しばし呆然たらざるをえない」としている。「残念なことにその特性は当分滅びようがないのである」とうんざりしている。だから「問題は日本人の民族的特性にあるのではない」。異邦人が驚きをもってみた当時の「古い日本」の「心性」が滅んでしまったことをこそ嘆いている。

〇「残念なことに」滅びない「特性」

 しかし、特性と心性とは、「一見わかちがたく絡みあっているにせよ、本来は別ものである」と断言できるのだろうか。
 チェンバレンが見いだし、渡辺さんが追認した日本の「国民的特性」をもう一度、書いてみる。「知的訓練を従順に受けいれる習性や、国家と君主に対する忠誠心や、付和雷同を常とする集団行動癖や、さらには『外国を模範として真似するという国民性の根深い傾向』」。おおむね当たっている。この「国民的特性」を二人は否定的に受け止めている。私も同意する。
 しかし、特性と心性が「本来は別ものである」とは、いったいどのような根拠からいいうるのだろうか。そのように断定できるだろうか。このあたりの根拠に、著者が直接触れているようにはみえない。
 彼が根拠づけたい周辺の言葉を探して、組み立ててみよう。
 「人間は自然=世界をかならずひとつの意味あるコスモスとして、人間化して生きるのである。そして、混沌たる世界にひとつの意味ある枠組を与える作用をこそ、われわれは文明と呼ぶ」。つまり、人間は「無意味な世界」に「意味あるコスモス」を再構成する。この作用が「文明」であり、それを生み出すのが「心性」であり、また「文明」が心性を育む。それは、どうしようもない国民的「特性」とは異なる。
 「特性」と「心性」の関係に直接的な言及をしていない渡辺さんの論の先を私が付け足せば、日本人は変わらない民族的「特性」をもつものの、それとは別に時代や社会状況のもとで、その時代固有の「心性」を生みだす。そのひとつが「十八世紀初頭から十九世紀にかけて存続したわれわれの祖先の生活」であり、「文明」の名に値するものだった。そのように、特性と心性の関係を分けてみたかったのだろう。

 だが、著者が分けた「特性」と「心性」は、「本来は別もの」なのではなく、同じ実体(便宜的に「実体」というが、それは実体ではなく心の価値交換のかたち)の表れ方の違いにすぎないのではないか。
 「特性」と「心性」を分けがたい一例を挙げてみよう。Valignani
 イエズス会の巡察師としてアレッサンドロ・ヴァリニャーノが日本にやってきたのは、一六世紀後半のこと。一八世紀初頭から一九世紀にかけての「文明」をとりあげた『逝きし世の面影』では、範囲外の時期なので、ヴァリニャーノの書は当然採りあげられていない。ヴァリニャーノが残した『日本要録』をみると、日本人の家屋が「はなはだ清潔」であり、屋内も「極めて清潔」と書かれている。『逝きし世の面影』で、一八世紀初頭から一九世紀の「文明」「心性」の例として採りあげられた「日本人の清潔」ぶりには、その二世紀前にも異邦人を驚させていた。そしてまた、今日でもそれをうかがうことができる。すると、「日本人の清潔」は、うんざりするほど変わらない民族の「特性」に入れるほうだ妥当だ。(特性とは、世界観・存在観から生まれ滲み出てくるものにほかならない) ※写真はヴァリニャーノ(桃源社版『日本巡察記』)

 チェンバレンが、そして渡辺さんが挙げる「特性」とは、「性癖」のようなものだ。従順な習性、付和雷同の集団行動癖……。こうした「性癖」と「心性」は、同じものが発現する次元によって異なる貌を表す相違にほかならない。自然をとらえる世界観が「自然と親和する暮らしぶり」と映り、それが共同観念的次元では「国家と君主に対する忠誠心」や「集団行動癖」とつながる。前者を渡辺さんは「心性」とし、後者を「民族的特性」と切り分けたのにすぎない。四季の変化の中での「自然と親和する暮らしぶり」は「付和雷同」や「集団行動癖」と相関し、「日本の農民の美的感覚」の素晴らしさは、自然の生成を受け止めて「従順に受けいれる習性」と相関しているはずだ。私の言葉でいえば、それは「心的価値の交換」の発現次元の違いにほかならない。

 探るべきは、特性(性癖)であれ、心性であれ、それが生み出され、紡ぎだされる根(としての根底的な心の価値交換)ではないか。特性も心性も、自然、風土との交流を基礎に育まれてきたものなのだから。
 渡辺さんが発想するように、「特性」と「心性」を便宜的には分けられる。しかし、その心性を発現させるもととなる変わらない「特性」自体に光を当ててみなければ、渡辺さんの狙う近代の相対化作業になかなか入れないのではないか。

〇峻別と「矛盾の統一」

 「民族的特性」とは、いったいどこからやってくるのか。
 政治学者の丸山眞男は、日本文化の古層について論じてきた。ある講演で彼は、幕末明治以来書かれた異邦人の日本観をみると、ふたつの正反対の見方があるという。ひとつは「日本ぐらいいつも最新流行の文化を追い求めて変化を好む国はないという見方」であり、もうひとつは「日本ほど頑強に自分の生活様式や宗教意識(あるいは非宗教意識)を変えない国民はない」。それをうまい表現で丸山さんは言い換えている、「私達はたえず外を向いてきょろきょろして新しいものを外なる世界に求めながら、そういうきょろきょろしている自分自身は一向に変わらない」と(「原型・固執・執拗低音」)。
 そういう変わらない低音の音型を、「パッソ・オスティナート」(執拗に繰りかえされる低音音型)と丸山さんは呼んでいる。このように、外来文化の影響を圧倒的に受け、他方では「日本的なもの」を執拗に残存させてきた。この「矛盾の統一」として日本思想史をとらえた。
 パッソ・オスティナートを渡辺さん流にいいかえると、変わることなき「日本的特性」であり、鎖国して育まれたのが「幸福と安息の相貌を示す」文明(心性)だった。
 渡辺さんがその消滅を詠嘆した「文明」もまた、特性(つまりパッソ・オスティナート)を土台にしてしか生まれなかった、とみるほうが妥当だろう。
 「ひとつの国民的特性なるものがどんなに変わりにくく長い持続力をもつか、しばし呆然たらざるをえない」と渡辺さんは書いたあと、つづけて「だから問題は日本人の民族的特性にあるのではない」としたのだが、逆に、だからこそ「日本人の民族的特性」の内実とそれを形成させた力を問いたい。近代を相対化する手がかりをそこからつかむことができるかもしれない。

〇「なりゆきのままに」を生みだす土壌

 丸山さんは、日本思想史の底流にパッソ・オスティナートを見いだし、その思考様式を、宇宙発生神話をふくむ民族神話の比較で探ろうとした(『歴史意識の古層』)。
 彼は世界の神話を「つくる」「うむ」「なる」の動詞からとらえる。「つくる」は一神教的な世界創成であり、他方日本では世界が「なる」という発想をとり、「確たる理念や価値判断」を伴わない「なりゆきのままに」という姿勢を生む。だから日本では、近代的主体が確立されにくいことを指摘している。
 それは、渡辺さんが指摘する特性とほぼ重なる。つまり「知的訓練を従順に受けいれる習性や、国家と君主に対する忠誠心や、付和雷同を常とする集団行動癖」や、「外国を模範として真似するという国民性の根深い傾向」。主体性を欠いた「なりゆきのままに」だ。

 とするなら、こうした理念や価値判断ぬきの「なりゆきのままに」や、従順な習性や付和雷同、外国の模倣といった特性が、いったいどうして変わりなく続いているのか。むしろ、そこにこそ私たちは目を向けるべきではないか。
 丸山さんは創成神話に辿り着いた。

〇西欧と正反対の存在観Kouyou_daitokuji

 私はさらに歩を進めざるをえない。結局、存在観(西欧哲学でいえば、存在
論)の領域へ踏み入る。渡辺さんのいう「民族的特性」、丸山さんのいう「古層」、「パッソ・オスティナート」を奏でる源となる存在観の問題に行き着かざるをえない。いったい事物が「存在」しているとはどういうことなのか。生物がいまここにある、「生きてある」とはどういうことなのか、と。
 一神教的な世界では、絶対神が万物をつくった。存在するものは、神の被造物である。神の姿に似せられた人間は、他の生物、自然とは異なる特別の位置を与えられ、人間は自然を道具として利用することを神から許されている。
 しかし、日本列島では、存在は絶対的主体が「つくった」ものではない。制作・造形したものではない。それは「おのずから」の自然、生成としてある。人間も、その他の自然と同じだ。その生成は人間に対して厳しく対することもしばしばだが、基本としては生きる環境や喜び、美を提供してくれている。自然、存在するものは恵みであり、「かたじけない」し、「ありがたい」と感応する。万物に生かされているのだから、感謝の念をもって受けとめる。他方ではそれが「負い」をも生み出す。(こうした世界観・存在観をもつ地域は、おそらく「日本列島」にとどまらず、東南アジアやオセアニアなどの他地域の中にもみられるにちがいない)

 しかし、一神教的世界では、近代になって神なきあと(神を後景におしやったあと)、人間様が神の座についた。近代が掲げる「自由」とは、自分の意志が他のなにもの(他人からであれ、自然からであれ)にも縛られず、動かされずに、行動や判断の原因を自らの中にもつことにある。自らが全的な主体とならなければならない。それは全てを自分化することでもある。自然に左右されてはならない。これを把握して制服することにこそ「自由」を見いだす。自然とは征服する対象であり、道具・手段でしかない。
 列島と西欧では、存在観(世界観)の成り立ちの根本から異なる。

〇近代的主体を確立できない「強み」

 それでも開国以降、列島の人々は必死で近代化、西欧化を進めてきた。置かれた国際的諸関係の中で、やむをえなかった。
 そうして、一世紀半ほどが経つ。「近代化」を達成したものの、列島ではこの西欧的世界観(存在観)をしっかり確立できたとはいいがたい。近代的主体を確立できてはいない。渡辺さんがうんざりするように「特性」は容易には消えない。すると私たちの中の近代主義は、これを「遅れ」、「弱さ」、ダメなところとみなし、さらなる近代化(自我の確立と肥大化)を促してきた。
 しかし今日、見方を逆転させるべきではないだろうか。近代の基礎となる近代的主観(自我)を確立できずにいる列島的世界観に、逆に光をあててみるべきではないか。そこにこそ近代を相対化できる視点を見いだせるのではないか。なぜなら近代化を推進してきた近代的主体と、その世界観を欠いているのだから。

 結局、列島の心性は近代的な自我の確立が苦手なのだ。それが不得手というのは、近代の基礎を形成する一神教的な世界観を心の底からはもちえないことを表している。そして近代的自我を確立するのが不得意な日本列島の心性こそ、じつは近現代を相対化し、以降の道を示唆してくれる可能性を有していることになる。

 たしかに、渡辺さんが『逝きし世の面影』でみごとに描き出したような「幸福と安息の相貌を示す」江戸中後期から明治はじめにかけて存在した「文明」は「滅び去った」。けれども、それを生み出す土台となり、あるいは表裏一体としてあった「特性」、「パッソ・オスティナート」は、渡辺さんも認識するように、今日にいたるもそうやすやすとは崩れていない。渡辺さんが問題の外に置いた「特性」が「逝きし世」を生みだしたのだし、これを生みだすことになる存在観(心的価値交換)こそ、近代西欧的世界観を相対化し、「近代以降」を構想する力をもつのではないだろうか。

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