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2016年7月

2016年7月24日 (日)

村上春樹とイラストレーター

「村上春樹とイラストレーター」
~佐々木マキ、大橋歩、和田誠、安西水丸~
(ちひろ美術館・東京)

Img_20160722_1617311 村上春樹の作品に絵を提供したり、彼と共作したイラストレーター、佐々木マキ、大橋歩、和田誠、安西水丸の四人の作品が飾られている。その下には、掲載された単行本も置かれていた。
 場内には、ビル・エヴァンスや、アート・ブレイキーとジャズメッセンジャーズなどの曲が流れていた。ちひろ美術館でジャズを耳にするとは思っていなかった。
 四人のイラストレーターの中では、初期三部作(『風の歌を聴け』『1973年のピンボール』『羊をめぐる冒険』)に参加した佐々木マキの絵がやはり懐かしい。

P7240579_3 詳細な年譜が会場に掲示されている。それを眺めながら、自分史を重ね、年代を辿り始めてみた。
 彼の作品やインタビュー記事を見つければすべて集めていたのは、一九九五年前後までだったと、振り返る。
 村上さんがデビューしたのは一九七九年だが、当時は図書館にあった文芸誌「群像」に「群像新人文学賞」として「風の歌を聴け」が掲載されたのは知っていたけれど、とてもそれどころではない争闘に明け暮れる日々だったので、時間も心の余裕もまったくなく、読むことはなかった。
 そのデビュー作を単行本で読んだのは、二年ほどあとの一九八一年ごろ、争闘の穴倉から眩しい地上に這い出してからのことだ。
 以降は、刊行されるすべての作品や関連記事が現れるたびに、集めて読んだ。

 彼の作家活動初期にあたる一九八〇年代という時代は、わたしにとっては、六〇年代後半の反乱の季節、さらに七〇年代のニヒルな散文的争闘の時期にどう決着を付けるのか――それがテーマだった。そのとき、彼の初期三部作や短編集『中国行きのスロウ・ボート』、そして『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』は、渇望していた文学的欲求に十分応えてくれるものだった(在野の哲学者小阪修平さんにとっても、事情が同じだったことは『村上春樹と小阪修平の1968年』(二〇〇九年刊)で記した)。

 デビュー間もない村上さんの世界に対しては、左右上下からさまざまな批判が浴びせられてたけれど、それらを反批判しつつ書いたのが、ペンネームで上梓した『村上春樹の歌』(一九九〇年刊)だった。当時、村上春樹論はまだ世にほとんど出ていなかったけれど、ニヒリズムの黄昏で当時うたいうる歌を、もっとも誠実に、かつラディカルにうたっていたのは、村上春樹を措いて他にいないことを、明らかにしたかった。

 歳月を重ねれば、向いている方向のズレもはっきりみえてくる。『ノルウェイの森』、『ねじまき鳥クロニクル』あたりから、異和を覚えるところも出てくるようになった。当然のことだ。
 以降はすべてを追うことは止めたが、それでも、エッセイや雑文集は別として、長編や短編は刊行されれば目を通してきた。
 『1Q84』は期待して読み進めたが、BOOK3では肩すかしを食らった感がある。

 同時代を生きてきたものとしては、『1Q84』で途中からずらしてしまったようにみえるテーマと、ぜひもう一度、対峙していただきたい(もちろん自分にも課せられたテーマだと自覚し作業を継続しているけれど……)。
 その来たるべき書のカバーイラストを佐々木マキさんの絵が飾ってくれれば……、と無理を承知で願うのは、村上ワールドの原点が初期三部作に凝縮されていると思えるからだ。

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2016年7月 9日 (土)

九二歳のシャルル・アズナブール

 「日本最後のツアー」と銘打たれたシャルル・アズナブールのコンサートが、六月下旬、NHKホールであった。大阪で一日、東京で二日だけのライブ。
 前回、国際フォーラムで聴いたのは二〇〇七年だから、十年近く経っていた。

 アズナブールさんは一九二四年生まれの九二歳。
 この年に生まれた著名人を、好みで少しだけ挙げてみる。
 俳優の鶴田浩二。同じく俳優の京マチ子。作家の吉行淳之介。評論家の吉本隆明。歌手の越路吹雪。
 海外では、ジャズ歌手のサラ・ヴォーン。作曲家で指揮者のヘンリー・マンシーニ。作曲家のモーリス・ジャール。
 いずれの方々も鬼籍に入り、かなり歳月が流れている。
 今もご健在で活躍されているのは、染織作家の志村ふくみさんくらい。

P70905711 同い年生まれがこうした状況の中、シャルル・アズナブールさんは二時間近いライブを、ほぼ立ちっぱなしで歌い続けた。途中、幕の奥に退いたのは、娘のカティアさんがマイクを握って歌った曲のときで、それも途中から舞台に現れデュエットに。

 たしかに、声の伸びは弱まり、音程を辿れない部分は少なくなかった。けれども、それが気にならないほどの歌い語りで、客席を魅了してくれた。
 「ラ・ボエーム」「帰り来ぬ青春」「哀しみのヴェニス」「忘れじのおもかげ」「愛のため死す(炎の恋)」「二つのギター」などの定番だけでなく、初めて聴く曲もいくつかあった(昨年発表したアルバムはすべて新曲の新録音)。

 軽やかに踏むステップの動きは、九年前より小さくなったようだが、魅せてくれた。
 手と指のなめらかな動きは、変わらない。歳を重ねれば強張り、動きが硬くなりそうなものだが、とてもしなやか。
 一九六〇年代、七〇年代、八〇年代……あの時代の生のかたちと手触り、匂い、そしてそれらを地層に重ねる「いま」の情感が歌いあげられ、堪能させてくれる一夜だった。

 四月に武道館でコンサートを行ったエリック・クラプトンは七一歳。相変わらず、背筋を伸ばした堂々たる立ち姿で演奏を披露してくれた。ただ、七一というのは手の届きそうな年齢で、心身の状態も想像しやすいけれど、九二となるととても想定できない。
 アズナブールさんだって、日常生活では周囲にケアされることが少なくないはずだろうに、歌でたくさんの人の心を震わせてくれる。
 先達の姿に力をいただく。

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