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2017年7月 2日 (日)

シニアが自らを「社会に開いている」こと

~あるカフェのご主人~

 取材で全国各地を訪ねると、時間に余Karasuyamast裕があれば、必ず街中をぶらりと歩く。ジャズの店を探すことが多い。
 東北本線宇都宮駅のひとつ先、宝積寺駅から伸びる烏山線で終点の烏山駅で降りたときも同じだった。
 もう慣れっこになっているが、一時間に一本のペースで走る烏山線のこの駅前も、人影はほとんどなく、静かなものだ。

 駅前から伸びる道の両側にある商店街で、開いている様子がうかがえる店舗は数軒。
 そのうちの一軒はかなり古い建物だが、ガス灯を思わせる傘に灯りが点っていた。
 「アルバトロス」とある。出窓にはジャズ歌手アン・バートンのジArbatros2ャケットが飾ってある。ジャズを流しているのだろうか。だが、店内から零れてくるのはAMラジオらしき音。
 木製のドアを開けて入るが、人がいない。何度も声をかけてしばらく待ったけれど、動きが見えず諦めた。

 翌日、取材仕事を終えたあと、再び寄ってみた。昨日と同じように灯りが点り、ラジオの音が流れてくる。
 チロル風の帽子を被ったご主人がすぐに笑顔で迎えてくれる。かなり歳を重ねた方だ。Arbatros
 暗い店内には、アンティークや民芸品などがいたるところに陳列されていて、むしろ腰掛けられそうな椅子を探さなければならないほど。
 重いリュックを下ろし、窓際に置かれた、昔の喫茶店ではよく見られた古風なソファに腰を下ろそうとすると、ご主人が座布団を素早く腰の下に敷いてくれる。動きが機敏なのに驚かされる。
 客は私だけ。訪ねたのは午後だったが、今日初めての客なのかもしれない。

 ひと息つき、ポメラを広げて、取材の整理をしていると、たっぷり注がれたコーヒーが運ばれてくる。
 しばらくして、三角形のカマンベールチーズを一個、コーヒーの皿に添えてくれる。コーヒーとカマンベールチーズとの組み合わせは初めてで、一瞬たじろぐが、せっかくなので少しずつ囓りいただく。
 コーヒーが減ると、笑顔のご主人は手にした大きな薬缶からコーヒーを注ぎ足してくれる……。これが「アルバトロス」流なのだろう。こういうお店のスタイルを受け容れがたい人も当然いるだろうが、ご主人と同じように自分も歳を重ねているせいか、頭を下げながら受け容れる。すべてご主人の流儀に従うのが礼儀のように感じるのだ。

Cinema2_5 少ない本数の電車を逃してはいけないので、三、四十分で帰り支度をする。
 レジ前に進んで、驚いた。目の前に、映画『パリのめぐり逢い』の写真が掲載された冊子が立てかけてある。イヴ・モンタンとキャンディス・バーゲンが頬を寄せ合っている。このお店の雰囲気からすると、意表を衝かれるような映画の写真ではあった。 
Cinema1_11
 『パリのめぐり逢い』の日本公開は一九六八年。クロード・ルルーシュとフランシス・レイがコンビを組んだ、甘めの作品に違いないが、映像の完成度は高かった。初めて新宿で観たときは、若いアメリカ女のキャンディス・バーゲンの方にばかり目が向いたけれど、後年になると、逆にアニー・ジラルドの姿に味わいを感じるようになる。不思議なものだ。

 チロル風帽子のご主人。店内のさまざまな置物からして、アルピニストであり、ジャズなど音楽も好きな方なのだろう。若い頃は、それを生業にしていたことがあったのかもしれない。

 支払いの千円札を差し出しながら、映画の写真について尋ねてみると、あらかじめ用意していた五百円玉を握った手を素早く伸ばしてきて、質問に答えてくれたのだが、ラジオのボリュームが大きいせいもあり、よくわからなかった。照れくさそうに、「変わり者なので……」という言葉だけ理解できた。
 とにかくお礼を言うと、ご主人はますます優しい顔になる。シニアの男二人は、交わし合う言葉が通じない、訳のわからない空気を、互いの笑顔で流しあった。
 そして、私は店を出た。

 烏山線の電車に揺られながら、振り返る。
 ご主人は七〇台、いや八〇台かも。でも、動きは軽やかだし、彼なりのサーヴィスを尽くしてくださる。
 おそらく一日に数人の来客、もしかすると客のない日もある、そんな気配を感じる。
 それでも、ガス灯のような傘に灯りを点し、店を開いている。採算がとれているとは思えないけれど、店を開き、接客することが、ご主人の日常であり、生きがいでもあるのだろう。

 自分も同じような世代となり、取材を重ね、周囲を見渡していて、しみじみ思うのだが、会社勤めしていたシニアが定年を迎えると、毎朝通う場所を失い、外部との接触を断たれ、孤立し閉じこもりがちになる。それは決して好ましいことではない。心と身体の強張りの進行を速めるだけだ。東京の地元を昼間歩いていると、表情を強張らせて歩くシニアが目立つ。自戒。

 大切なのは、「社会に開いている」こと。ボランティアでも仕事でもなんでもよいのだが、社会となんらかの接点を持ちつづけること。いかほどでもよいから自らの力やサーヴィスを社会に提供すること(その際、上からの目線に陥らないこと)――そんな風なことをあれやこれや考えた。
 あの店のご主人は、「店を開いている」ことで、自らを「社会に開いている」。ご立派な姿勢だ。

 そういえば、京都仮住まい時代に何度か通った、四条木屋町近くの「クンパルシータ」のママさんもそうだった。巷の噂では鬼籍に入られたそうだが、八〇歳前後までお元気に自らを「社会に開いていた」。

 那須烏山の町は、毎年七月下旬、ユネスコの無形文化遺産「山・鉾・屋台行事」に登録された「山あげ祭」で大いに賑わうそうだ。町の人たちの心意気が一気に盛りあがる。その時期、「アルバトロス」の様子も一変しているのかもしれない。

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